少しだけ昔の話をしようか。君が眠りにつくまでにはきっと終わる。
だから君は窓から見える星をその目で見ているだけでいい。



「どうして僕がこの子の面倒を?」
「どうせ雲雀さん仕事以外やる事ないでしょう?」

中学生だと言った。茶色い髪を背中まで下ろし、大きな目を輝かせている。
小さな白い手を差し出されて、それを無意識に握り返すと君は柔らかく笑った。
汚れを知らないようなその身体。生まれたての子犬のようで。

「名前は?」


透き通るような声でそう告げた。心の中で何回も君の名前を呼んだよ。
君、はその日の夜寝る前。今まで通っていた学校の事や、友達の事を話してくれた。
だけどはいつも、自分自身の事を言わない。
沢田に聞くとの過去は自分でも忘れたいくらい酷い物らしい。
だから、に過去の事は聞かないであげてくださいねと言われた瞬間、何故か。

綱吉を咬み殺したい、と心の底から思った。

知ってる。この見にくい感情の名前。だけどそれは凄く汚い、から。
を見てるたびにどんどんそれは大きくなって渦を巻く。
多分僕は君に惹かれてたんだと思う。いや、惹かれてたんだ。

「何見てるの?」
「っ…!何でもない、よ」

ばっ、とそれをすぐ隠した。それを引き出しの中にしまい急いで鍵をしめる仕草。
何を隠したのと聞くと首を横に振って何でもないというばかりだった。
それが気に入らなくて、無理矢理の手から鍵を奪い隠した物に手を伸ばす。
開いてみればそれは、古い、アルバムだった。
は何も言わずに僕でない何かを見つめ、目に涙を溜めてその場にしゃがみこんだ。

お父さんとお母さん、そしてが幸せそうな顔をして写っていた。

その時僕は自分がした事に気付いた。は傷を誰にも見られたくなかったのに。
沢田が言っていたあの言葉が頭の中をエンドレスで回る。何て、僕は、子供なんだろう。
何もない時間が辛かった。、と名前を呼ぶとは立ち上がって部屋から出ていってしまった。
追えば、何かが変わったのかもしれないけど。だけどそれが出来なかったんだ。

皹が入ってる、を壊したくない。

しばらくは僕と口を聞かなかった。僕も、と話そうとしなかった。
朝食の時、夜2人の時、全部が何もない時間。僕が望んでなかった、時間。
どうして無理矢理触れてしまったのだろう。少しずつでいいと願っていた筈なのに。
戻らない距離になってしまったと後悔した。だけどは、また笑ってくれたんだ。
僕がいつものように沢田達と仕事に出かけて、帰って来た時。
血で汚れた僕を見て、またあの時のように柔らかく笑って

「お帰りなさい」

今まで聞きなれてた言葉。だけどそれが久しぶりで、とても愛しくて。
そのままきつく抱きしめたら小さく震えているのが解った。
君も怖かったんだ。そして僕も怖かった。お互いが、同じ事を。

ごめんね、なんて言葉は必要なかった。僕達は違う何かで繋がっていると、が言ったから。

「……おかしいよね。どんどん僕は君に引き込まれていくんだ」

君は今夢の中。その大きな瞳に星を焼き付けて、心地のよい綺麗な夢を。
目が覚めても1人じゃない。僕も1人じゃないから。





月に揺られる


20060603 夜々(優しい月が僕と君を照らすから、もう何も怖くない)



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